木曜生まれは旅に出る

木曜生まれではない たまには文も書いておかねば

極端な愛の話

プレッツェルにハマっている。
プレッツェルといえばプチシリーズのトマトプレッツェル(食べたことないけど)やクラッツ、カルディに売っているチーズ味やサワークリームオニオン味のプレッツェルなどしょっぱい物が主流であるようだが、私が今ハマっているのはチョコレートがかかった甘いプレッツェルだ。
キッカケは、ある日昼のおやつにと気まぐれにブルボンのプレッツェルショコラ(税込130円)を買ったことだった。

プレッツェルなんて人生で数えるほどしか食べたことがなかったけれど、思わず休憩室でテンションが上がってしまうくらいおいしかった。
元々塩キャラメルなどの甘じょっぱいものが好きだったし、この出会いは偶然であり運命であったのかもしれない。ああ、プレッツェルショコラ、君に会えてよかった。

また、私にはハマったものをダラダラと食べ続ける習性があり、このプレッツェルも例外なく“そう”なった。しかし、このプレッツェルショコラは、通勤の最寄り駅のコンビニでしか売っていない。私の知る限りでは。一気に買うのは恥ずかしいから、帰りに1つだけプレッツェルショコラを買うのがルーティンになった。完全に変な女だ。影でプレッツェル女と呼ばれているかもしれない。勿論、毎日食べている訳ではない。こんなもの毎日食べていたらたちまちに太ってしまう。通勤途中の小さなコンビニにしかないし、いつ生産終了するのかと気が気ではないから、ストックとして溜め込んでいるのだ。何より、生産が終了しないように利益に貢献したい。プレッツェルショコラ、私が君のパトロンになる。



そういえば、昔どこかで見かけたことがある……「同じ物を食べ続けたり、同じ曲を聴き続ける人は、面倒くさがりでモテないクズ人間である」、と。確かに、私は食べ物だけでなく音楽も気に入った曲を聴き続ける方だ。基本的にアルバムを借りてもよく聴く曲は数曲で、それ以外は一通り聴いて消すか、気が向いた時にしか聴けない。だから、アーティストは誰が好きなの?と聞かれるととても困る。このアーティストは大好きだけど、この曲とあの曲しか知らないってことも多いから。
先日友人と話をした際、「アルバム借りたら一通り全部聴くようになるよ~」と言われた時はとても驚いた。1曲への愛が重すぎる。私の愛は極端なのだ。
まあ、面倒くさがりでクズでモテないのも概ね当たっているから、何も言えない。



ところで、私には今もう1つハマっているものがある。毎週土曜日、テレビ朝日系列で23:15から絶賛放送中の土曜ナイトドラマ「おっさんずラブ」だ。
このドラマは、女好きなのに女性に全くモテない33歳の主人公が、ヒロインである部長と、そのライバルである年下の後輩に愛を告白されるところからスタートするラブコメディである。これだけ聞くと、普通の恋愛ドラマであるように思われる……上記の登場人物が全員男だということを除いて。

1話を見てからというもの、転がり落ちるようにこのドラマにハマってしまった。
TVをつける度、何度も何度もおっさんずラブを見返してしまうから、録画した番組が一向に見れない。新しい番組を録画する容量が足りなくなりそうになって、慌てて録画を消化する。
録画しているおっさんずラブを永遠リピートしているせいで、リアルタイムの番組なんてもうずっと見てない。土曜日の放送前になると、緊張してお腹を壊す。大きなニュースはTwitterのトレンドで知る。世間との繋がりがどんどん薄くなっている。完全に末期だ。

「男同士なんて」「狙っているんでしょ?」「腐女子が見るもの」と思う人もいるだろう。いやいや、そんな安い言葉では済ませちゃってはいけないほど面白い。
笑っちゃって泣けちゃってキュンキュンもあり、目指しているのは月9と言っているだけあって、ストーリーは正統派。告白からの壁ドン、ヒロインVSライバルで主人公をかけて喧嘩、ヒロインの妻(?)、幼なじみ、元彼(?)の登場……どこかで、山崎賢人と土屋太鳳と広瀬すずにオファーがいくはずだったのが、田中圭林遣都吉田鋼太郎に間違ってオファーがいき、そのままなし崩し的に撮影が始まってしまったようなドラマ、ってツイートを見たけどまさしくそんな感じ。
私は元々主人公を演じている田中圭さんが好きでドラマを見始めたのだが、ライバル・牧凌太を演じる林遣都さんにもノックアウトされてしまった。

主人公の春田はだらしがないしモテないし、営業成績はビリだけど、お人好しで人たらしな陽だまりのような人。どこにも暗さや影が無くて、その“健全性”のようなものに惹かれてしまうのも頷ける。
春田を心の中で「はるたん♡」と呼び10年間恋し続けた部長も乙女で可愛いし、ひょんなことから春田とルームシェアを始めて、報われないと分かっていながらどんどん惹かれていってしまう後輩(同僚?)、牧の気持ちにも共感出来すぎて苦しかった。

登場するキャラ一人ひとりが魅力的で人間くさくて愛おしくてたまらない。皆に幸せになって欲しい。好きな人が被ってしまっている以上、全員の想いが実ることはないのだけど。辛い、どうして人は1人としか結ばれないんだろう。どうして人は、好きになってはいけない人を好きになってしまうのだろう。どうして人は、好きになってくれる人を好きになれないのだろう。どうして人は、どうして人は…。



男と女だから、男同士だから、女同士だから、それよりもっと違う何かだって、その恋愛を否定する権利なんて何者にもないと思う。
正直、別に誰が誰を好きになったって、何でもいいと思うんだけど。例えば、誰かにセクシャルマイノリティをカミングアウトされたって「そうなんだ~」としか思わない。こんなだと、その人のこれまでを慮れないように感じられるのだろうか。同じ状況になっていないから、そりゃその人たちの苦しみを私には全ては理解できないかもしれないけど。
何故同性婚って日本で認められてないんだろうね。

春田が(牧が女だったら、あの告白は嬉しかったのだろうか)(牧が“男”だから、ダメなのか?)と独白するシーンがある。

私の性自認は女だし、恋愛対象も男だ。
けれど、例えば、私好みの美人で、気があって、人としても尊敬できて、趣味も否定しないでいてくれて、毎日朝ごはんやお弁当を作ってくれて、プレッツェルショコラを「おいしいね」なんて一緒に食べてくれて。私のことを心から好いてくれる“女の子”から告白されたら、私、どうするんだろう。
今は寂しい独り身、別に断る理由はない。
女だから、駄目なのかな。そもそも“恋愛対象としてない”ってなっちゃうのかな。
考えてみたけど、そんな状況になったら、どうなるか分からなかった。

けど、例えばそんな子と付き合ったとして、私は周りや親にカミングアウト出来るのかしら。カミングアウトしたら、今まで仲良くしていた友達も離れていってしまうのだろうか。……多分、誰にも言わないし、言えないと思う。それって結局、どこかで後ろめたく思っているからーー?



ドラマを見て、何だか色々考えてしまった。馬鹿だから、全然まとまってない上に結論出てないけどね。
…全部想像上のことだから、実際好きになったらどうなるか分かんないけれど、恋って愛って、理屈じゃないよね。苦しくても辛くてもどうにもならなくても、“愛すること”を知るって何にも代えられない尊いものだと思うんだよね。それを否定する権利は誰にもないよ。その相手が人であれ物であれ作品であれなんであれ。愛を神格化しすぎ?


私の大好きなSound Horizonの「恋人に討ち落とされた日」という歌で、好きな歌詞がある。



“あの日二人出会わなければ
殺し合う事も無かったけれど
こんなにも深く誰かを愛する事を
知らずに生きたでしょう”




理屈じゃない。人を好きになるって、やっぱり素晴らしい。全7回のこのドラマを見終わったあとも、きっと胸を張って言えると思う。
このドラマのキャッチコピー通り、「君に会えてよかった」って心から言うよ。

愛が極端だっていいでしょ、結局、愛は世界を救う、なーんて陳腐な言葉、まだ信じちゃってる。
だって私、根っからの少女漫画脳ですから。



さて、そろそろ今夜の放送に備えますか。